硫黄島からの手紙とイーストウッド
イーストウッドは当初は日本側から描くこの映画は日本人監督に依頼するつもりであった。しかし彼と長年共に仕事をしているチーフカメラマンによれば、彼は今作品の構想を練る際に「黒澤なら完璧なのに」ともらしたという。その後結局彼自身がメガホンを取った。この作品以前にも『ラストサムライ』等日本人が日本語で演技をするアメリカ映画は存在するが、全編日本語(但しアメリカ人との会話を除く)で、日本人が主人公のアメリカ映画はこの作品が初めてである。本作品ではアメリカ人は栗林中将の回想シーン及びその他大勢の敵兵と捕虜一人の脇役しか登場しない。
2006年9月1日にNHKハイビジョンで放送された特番「クリント・イーストウッド 名匠の実像」のインタビューにおいて彼は今回の作品を「日本映画」と呼んでいる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2006年9月1日にNHKハイビジョンで放送された特番「クリント・イーストウッド 名匠の実像」のインタビューにおいて彼は今回の作品を「日本映画」と呼んでいる。
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